私たちのクリニック

私たちのクリニックは
古くて小さいかもしれない

私たちのホームページは
地味かもしれない

私たちの診療のスタイルは
大病院のような立派な設備や最先端の機械を駆使するというものではない

だけど
患者さんが本当に望んでいるのは
必ずしも大理石の大きな病院でもなければ

沢山お金がかかっている
贅沢な空間やホームページや
高級な匂いの場所でもないと、そう思う

患者さんが
不安に感じるのは
商業主義的な作り笑い

患者さんが可哀想なのは
病院の都合ばかりに合わせた診療

患者さんが悲しいのは
不誠実な態度、言葉遣い

そして患者さんを苦しめるのは
それらすべての振る舞い、不条理

私たちは
誰からも見られていて

みんなから見られているから
気をつけるのではなく

自分の性格や体型や
言葉遣いに
責任を保たねばならない

労りも学ばなければならない

私たちは何故、医療従事者になったのか?
いつも心に留めておかなくてはいけない。

経済的安定の為なら
あなたの自尊心を満たす為なら
あなたが威張りたいだけなら
あなたが自己満足したいだけなら

患者さんを救うどころか
傷つけて
悲しませて
苦しませてしまう

私たちは何故、
医療機関で働いているのか?

自分自身に問えるなら
相手の切なさも
そしてあなた自身の
哀しみも
少しは和らぐかもしれない。

「人は自分以外に親切に
する為に生きている」

私の恩師は手術も含め
困難な状況の時には

「腹に力を入れて
それだけは覚悟して
シッカリとした足取りで
生きろ」
と教えてくれました。

「人は誰かの役に立つ為に
生きているのす。」

宮沢賢治の母親の言葉です。

「せかい全体が幸せにならなければ個人の幸福もありえない」

という有名な言葉は
賢治の思想として今も伝えられています。

ここで対象となる「せかい」とは
生きとし生けるものすべてのせかいのことです。

妹トシの死からさらに逝った者たちの「せかい」の幸せまでも案じる賢治の優しさは

この母親の教えがあるのかもしれません。

そして25歳で結核のため
この世を去った
「永訣の朝」でも有名な
妹トシの遺言です。

「今度、生まれ変わっても
兄さんの妹で生まれ変わりたい。
そして今度こそ長生きして
人のお役に立ちたい」